AIで故人を広告に登場させるとき、何を許諾すれば「本人」を使えることになるのでしょうか。
2026年9月30日、スウェーデンの産業機器メーカーSKFは、映画史を代表する俳優グレタ・ガルボをAIで再現したグローバルキャンペーンを公開しました。ガルボは1990年に亡くなっており、今回の広告は死後36年を経て、彼女を動く映像として再び広告に登場させた事例です。Guardianによれば、ガルボの肖像は死後、Ferragamo、Gucci、Louis Vuittonのファッション広告に使われてきましたが、動く映像での起用は今回が初めてです。
注目すべきは制作の設計です。報道によれば、制作側は著作権で保護されたガルボの写真や映画映像を、視覚的な生成のためにAIへ入力しませんでした。一方で声は初期の出演映画の録音をもとに再現され、SKFは公式リリースで、このプロジェクトをガルボの家族およびHarriet Brown & Company Inc.との協働で開発したと明記しています。
写真や映像をAIに入れなくても本人らしさを再現できるなら、そのとき許諾すべきものは何なのか。この事例から、AI時代の「本人らしさ」のライセンスを考えます。
結論
SKFの事例が示すのは、「写真や映像をAIに入れなければ本人の許諾は不要」ということではありません。
保護された素材をAIに入力しなくても本人らしい外見や存在感を再構成できるようになるほど、著作権とは別に、likeness、voice、name、legacyといった人格的・商業的価値を誰が管理し、誰が利用を許諾できるのかが中心的な問題になります。
SKFの広告とガルボの接点
SKFは「Greta Garbo is back」と題したプレスリリースでこの取り組みを発表しました。キャンペーンは「Pay Like It’s 1919」というコンセプトで展開され、広告のガルボは、回転軸を磁場で浮かせて支えることでSKFが「摩擦を完全になくす」と説明する磁気軸受を紹介しています。「1919」は、設備で削減したエネルギーコストで投資を支払っていくという、SKFが1919年に導入したという支払モデルに由来します。
ガルボとSKFの接点はこれとは別で、世界的なスターになる以前の1921年ごろ、スウェーデン産業を海外へ紹介する宣伝映画にガルボが出演し、その中でSKFも紹介されていました。
(一次資料:SKF|Greta Garbo is back – starring in SKF’s initiative to overcome friction)
SKFは広告映像も公式に公開しています。
何をAIに入れず、何を使ったのか
この制作を理解するには、「素材を使わなかった」のではなく「保護された写真・映像をAIへ入力しなかった」と正確に区別する必要があります。
スウェーデンの映画メディアMoviezineによれば、古い映画、写真、録音は制作の参照資料として使われました。プレス資料が強調しているのは、権利で保護されたアーカイブ素材をAIに入力して新しい映像を生成したのではない、という点です。Guardianも、素材が著作権で保護されているため、制作側はガルボの動画や静止画をAIに入力しなかったと報じています。視覚的な再現は、ガルボの特徴を文章で記述したテキストプロンプトを中心に作られました。
演技もAIがゼロから生成したわけではありません。Guardianの報道によれば、実在の俳優がガルボ役として演技し、そのパフォーマンスにAIで生成したガルボの外見を重ねる形で制作されました。
整理すると、今回の広告は次の要素の組み合わせです。
- 演技:人間の俳優
- 外見:テキストプロンプトから生成AIで作成(保護された写真・映像はAIに入力せず)
- 声:初期の出演映画の録音をもとにAIで再現
- 演出・編集:人間の制作チーム
使われたAIについて、GuardianはByteDanceのSeedreamとGoogleのNano Banana Proを挙げています。Reutersはさらに、動きの生成にByteDanceのSeedanceとKuaishouのKling AIが使われたこと、声には許諾を得た初期映画の音声が使われ、それがAIに与えられた唯一のアーカイブ素材だったことを報じています。これらの詳細は、SKFの公式リリースには記載されていません。
著作権と「本人らしさ」は別のレイヤーになる
ガルボの映画の1シーンを広告にそのまま使うなら、問題になるのはその映画の著作権と利用許諾です。しかし生成AIを使えば、その映像を入力しなくても「ガルボに見える人物」を作れます。すると、確認すべき権利は次のように分かれていきます。
- 既存の写真・映画・録音の著作権
- 本人の肖像(likeness)
- 本人の声
- 氏名
- パブリシティ価値
- 商標・不正競争
- 死後の人格・レガシーの管理
「作品をコピーすること」と「人物らしさを再現すること」が、技術的に分離し始めているのです。
ただし今回も、声は既存映画の録音をもとにしています。視覚と音声で既存作品との距離の取り方が異なる点には注意が必要です。
家族の協力があれば十分なのか
SKFは、家族とHarriet Brown & Company Inc.の支援によって、ガルボのレガシーが責任をもって扱われたと説明しています。その意味で、この広告は無断のディープフェイクとは構造が異なります。
ただし、家族の協力があればあらゆる権利問題が解消するわけではありません。誰がどの権利を持ち、何を許諾できるかは、人物、国、契約、素材によって異なります。法的な許諾と、文化的に受け入れられるかどうかも別の問題です。
実際、Guardianのレビューはこの広告を退屈でユーモアに欠けると厳しく評価し、AIで有名人の肖像を使うことへの懸念とガードレールの必要性を指摘しました。一方、ガルボの遺産を管理する3人の親族の一人であるCraig Reisfield氏は、再現を非常にリアルだと評価し、将来、映画の役でガルボを起用する可能性にも前向きな姿勢を示しています。
何をライセンスすべきか——Digital Likenessの契約設計
今後、ブランドがAIで著名人や俳優を再現する場合、従来の広告出演契約より細かな設計が必要になります。たとえば次のような事項です。
- どの年代の外見を再現できるか
- どこまで容姿を変更できるか
- 声を生成できるか
- 本人が実際には言っていない新しいセリフを話させられるか
- 映像、静止画、SNS、ゲーム、インタラクティブコンテンツなど、どの媒体で使えるか
- 本人のデータをAIモデルの学習に使えるか
- 生成したモデルやデジタルアセットを別の案件で再利用できるか
- 契約終了後にモデル・素材・学習データをどう扱うか
従来の広告契約の中心は「完成した広告をどこで何年間使うか」でした。しかし生成AIでは、一度デジタルな本人を作れば、理論上は無数の新しい表現を生成できます。
だからこそ、完成物の利用許諾だけでなく、将来の「生成可能性」そのものを契約で管理するという考え方が必要になります。
日本で同じことをするなら、誰が許諾できるのか
SKFが発表したのと同じ9月30日、東京地裁は津田健次郎氏のAI音声をめぐる訴訟で、人の声は肖像と同様に人格の象徴であり、一定の場合にはパブリシティ権の対象になるという一般論を示しました。存命の人物の声については、司法も保護の方向を示したことになります。では、故人の場合はどうでしょうか。
法務省が2026年8月に公表した報告書は、パブリシティ権の譲渡性や相続性について、現時点で一致した見解を導き出すことは困難とし、引き続き検討することが相当だとしています(報告書49頁)。肖像等をみだりに利用されない権利についても、本人の死亡とともに消滅し、相続されないと考えるのが多数説とされています。
その一方で、遺族自身が持つ故人に対する敬愛追慕の情が侵害された場合には遺族の人格的利益として保護され得るとされ、報告書は故人の声の利用にも同じ考え方が及ぶとしています(報告書61〜66頁)。不正競争防止法については、芸能事務所などが本人の死後も肖像等の商品化を管理していれば、その事務所などが請求の主体になり得るという考え方も示されています(報告書71頁)。
つまり日本では、「遺族が許可すれば使える」とも「故人だから自由に使える」とも、単純には言えません。誰がどの権利を持ち、誰が何を許諾できるのか自体を、ケースごとに確認する必要があります。
(参照:法務省|肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会 取りまとめ報告書)
AIクリエイターズの視点——次のIPは「作品」ではなく「人格」かもしれない
これまでコンテンツ産業の主要なIPは、映画、楽曲、写真、キャラクターといった「作品」でした。生成AIによって人物の外見、声、表情、動き、話し方まで再現できるようになると、人物そのものの特徴が再利用可能なクリエイティブ資産になっていきます。
ただし、SKFの1件だけで「故人のDigital Likeness市場が成立した」と結論づけるのは早すぎます。現時点で言えるのは、ブランドが家族・権利管理側と協働して故人のDigital Likenessを広告に使う具体例が現れ、親族も今後の利用に前向きな姿勢を示した、という段階です。
編集部メモ
写真や映像をAIに入れなくても、本人らしさは再現できるようになりました。これは著作権の問題がなくなるという意味ではなく、論点が作品の権利から、人格の価値を誰が管理するのかへ広がっているということです。
津田健次郎氏のAI音声判決とSKFのガルボ広告は、同じ問いにつながっています。「似ていること」自体に価値があるなら、その価値は誰のものなのか。
まとめ——「何をライセンスするのか」が、AI時代の本人起用の核心になる
SKFは、死後36年のグレタ・ガルボをAIで再現し、映像広告に登場させました。報道によれば、保護された写真・映像はAIに入力せず、テキストプロンプトと人間の俳優の演技を組み合わせて外見を作り、声は初期の出演映画の録音をもとに再現しています。SKFは、家族およびHarriet Brown & Company Inc.との協働を公式に明記しています。
この事例が示すのは、AI時代の権利処理が「元の作品をコピーしたか」だけでは整理できなくなっていることです。本人に似ている。本人の声に聞こえる。本人だから人が注目する。その価値を誰が管理し、どこまで利用を許可できるのか。Digital Likenessの権利・契約設計は、AIクリエイティブの重要な実務領域になっていきそうです。
※本記事は公開情報と公的資料に基づく情報提供であり、個別の案件についての法的助言ではありません。
主な参照資料
- SKF|Greta Garbo is back – starring in SKF’s initiative to overcome friction
- SKF|Pay Like It’s 1919 — With Your Energy Savings. Starring Greta Garbo
- Reuters|Swedish ball-bearing ad revives Greta Garbo with US, Chinese AI
- The Guardian|AIで再現されたグレタ・ガルボのSKF広告に関する記事(2026年9月30日)
- Moviezine|Här gör Greta Garbo comeback – med hjälp av AI
- 法務省|肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会 取りまとめ報告書

