米国で、AI学習と著作権をめぐる重要な控訴審判決が出ました。
米第3巡回区控訴裁判所は2026年9月29日、法律情報サービスWestlawを運営するThomson Reutersと、AI法律検索サービスを開発したROSS Intelligenceの著作権訴訟で判断を示しました。意見は当初封印されていましたが、9月30日に全文が公開されています。
裁判所は、ROSSによるWestlawのヘッドノート利用について、米国著作権法上のフェアユース(fair use)ではないとして、Thomson Reuters側に有利な原審判断を維持しました。
ただし、この判決を「生成AIの学習は違法になった」と読むのは正確ではありません。ROSSのシステムはChatGPTのように新たな文章を生成する生成AIではなく、法律リサーチのための検索システムでした。裁判所自身も、OpenAIやAnthropicをめぐる生成AI訴訟との違いを明示しています。
結論
今回の判決で重要なのは、「AI学習だからフェアユース」「AI学習だから違法」という単純な線引きではありません。判決の中心にあるのは、著作物を何の目的で利用し、元サービスとどの程度競合・代替し、その市場をどう害するかという通常のフェアユース分析です。
そのうえで裁判所は、WestlawのヘッドノートをAI学習用データとして利用・ライセンスする派生市場についても市場損害を認めました。AI学習用データに正式な市場が形成されるほど、権利者とAI事業者の関係は「利用できるか」だけでなく、「どの条件で利用するか」という契約・市場設計の問題へ移っていきます。
Thomson Reuters対ROSS Intelligenceで何が起きたのか
争点となったのは、Westlawに掲載されている「headnotes(ヘッドノート)」です。
判決文そのものは米国ではパブリックドメインですが、Westlawのヘッドノートは、Thomson Reutersの編集者が判決から重要な法的論点を選び、短い文章として整理したものです。
ROSS IntelligenceはAIを利用した法律検索サービスを開発する過程で、外部業者のLegalEase社などを通じ、約25,000件のWestlawヘッドノート全文を使った学習用メモを作成しました。
今回の控訴で直接問題となったのは、そのうちThomson Reutersが著作権侵害を主張した2,243件のヘッドノートです。したがって、「約25,000件」は学習用メモ作成に使われた全体規模、「2,243件」は今回の著作権侵害判断の対象となった作品群という関係です。
第3巡回区控訴裁判所は、この2,243件について、編集者が「どの法的論点を選ぶか」「どのように簡潔に表現するか」という判断を行っており、著作権保護に必要な最低限の創作性を満たすと判断しました。
そのうえで、ROSSの利用がフェアユースに当たるかを4つの要素で検討し、第2要素のみがROSS側にわずかに有利、第1・第3・第4要素はROSS側に不利としました。
なぜROSSのAI学習はフェアユースと認められなかったのか
1. AI学習という中間工程があっても、最終目的は競合していた
第1要素では、利用の目的や性質、商業性、元作品からどれだけ異なる目的を持つかが検討されます。
ROSSは、ヘッドノートをそのまま利用者へ提供するためではなく、AIを訓練する中間工程で使っていました。裁判所も、この中間工程を挟んでいる点には「わずかな違い」があることを認めています。
しかし、Thomson ReutersもROSSも、最終的には利用者が関連する法的情報を検索する法律リサーチサービスを提供していました。
そのため裁判所は、ROSSの利用について、変形的といえるとしても「せいぜい最小限(minimally transformative, at best)」と評価しました。
さらに重要なのが、コピーの必要性です。ROSSは自由に利用できる判決文そのものを使い、独自に学習用データを作ることもできました。
それにもかかわらずWestlawのヘッドノートを利用した背景には、学習用メモを効率よく作れるという事情がありました。裁判所は、複製が容易であることと、著作物を複製する必要があることは別だと整理しています。
つまり、「AI学習に便利だから」という理由だけでは、他者が編集した著作物を利用する正当化にはならないということです。
2. ヘッドノートの事実的性格はROSSに有利だった
第2要素では、利用された著作物の性質が検討されます。
Westlawのヘッドノートは編集者による創作性を有する一方、法律という事実性・機能性の高い情報を正確に要約することを目的としています。
また、すでに公開済みの著作物でもあります。
このため裁判所は、第2要素についてはROSS側にわずかに有利と判断しました。ただし、フェアユースは4要素を総合して判断されるため、この一点だけで結論は決まりません。
3. 各ヘッドノートの全部をコピーしていた
第3要素では、使用した著作物の量と質が検討されます。
ROSS側は、利用した2,243件はWestlawに存在する約2,800万件のヘッドノート全体から見れば約0.08%にすぎないと主張しました。
しかし裁判所は、この比較方法を採用しませんでした。
各ヘッドノートはそれぞれ独立した著作物であり、ROSS側は個々のヘッドノートについて作品全体をコピーしていたからです。
また、AIの学習に必要な基礎情報である判決文自体は自由に利用できました。裁判所は、ROSSが保護されたヘッドノート全文を利用することが、目的達成に必要な範囲を超えていたと判断しました。
4. 判決の核は「競合と代替」、その先に学習用ライセンス市場がある
第4要素では、利用が著作物の現在または潜在的な市場へ与える影響が検討されます。
今回の記事で最も注意したいのは、この部分を「AI学習用ライセンス市場だけの判決」として読まないことです。
裁判所がまず問題視したのは、ROSSがWestlawと同じ法律リサーチ市場に参入し、保護されたヘッドノートを利用して競合サービスを構築したことです。
ヘッドノートだけを単独販売する市場が存在していなくても、それはWestlawというサービスの価値を構成し、利用者を呼び込む要素です。ROSSがそれを利用して代替サービスを作れば、Westlawの市場的地位に影響を与える可能性があります。
つまり、判決の中心は元サービスとの競合・代替関係です。
そのうえで裁判所は、AI学習のためにWestlawのヘッドノートを利用・ライセンスする派生市場についても検討しました。
Thomson Reuters自身がヘッドノートを自社のAI検索機能WestSearch Plusの学習に使用していたことなどを踏まえ、ヘッドノートをAI学習用テキストとしてライセンスする市場が形成されつつあると評価しています。
したがって、今回裁判所が認めたのは、一般的な「すべての文章コンテンツのAI学習市場」ではありません。
WestlawのヘッドノートをAI学習用データとして利用・ライセンスする市場という、本件に即した限定的な判断です。
このロジックが音楽、画像、映像、出版物など他のコンテンツにもどこまで波及するかは、今後の裁判例や契約実務を見る必要があります。
「生成AIの学習は違法になった」という判決ではない
ここは非常に重要です。
今回のROSSシステムは、ユーザーの入力から新しい文章・画像・映像を生成する大規模生成AIモデルではありません。法律リサーチにおいて、質問に関連する判決部分を検索するためのシステムでした。
第3巡回区控訴裁判所も、司法省がOpenAI関連訴訟で示した見解や、AnthropicをめぐるBartz事件に言及したうえで、ROSS事件とは事情が異なると明示しています。
さらに、本件のコピー行為は現在の生成AIブーム以前に行われており、ROSS自体もすでに事業を停止しています。
したがって今回の判決だけを根拠に、ChatGPT、画像生成AI、動画生成AI、音楽生成AIなどについて、「学習はすべて違法」「学習はすべてフェアユース」と一般化することはできません。
ROSSは当初ライセンスを求めていた
本件にはもう一つ重要な事情があります。
ROSSはサービス開発にあたり、Thomson ReutersにWestlawコンテンツのライセンスを求めましたが、Thomson Reutersは競合企業への提供を拒否しました。
その後、ROSSは外部業者を通じて学習用メモを作成しています。
この経緯は、第4要素の「市場」を理解するうえで重要です。単に「当時ライセンス商品が販売されていたか」ではなく、当事者間に実際の需要があり、権利者が競合への利用許諾をコントロールしようとしていたという背景がありました。
アクセス方法についても特殊な事情があった
判決は脚注で、ROSS側がWestlawの利用規約に反する形で、関係する法律事務所の認証情報や学生アカウントを利用していたことを示す証拠にも触れています。
裁判所は、フェアユースにおいて善意を独立した要素として判断する必要はないとしつつ、仮に考慮するとしてもROSS側には不利に働くと指摘しました。
この事情も、一般的な生成AI学習訴訟と本件をそのまま同一視できない理由の一つです。
手続き上は「すべてが終わった判決」ではない
今回の控訴は、米連邦法28 U.S.C. §1292(b)に基づく中間上訴です。
原審で出された部分的な略式判決について、著作権保護の有無とフェアユースの判断が控訴審で審理されました。
第3巡回区控訴裁判所は、その主要判断を維持しましたが、「この訴訟のすべてが最終確定した」という意味ではありません。
記事やSNSで紹介する際は、「Thomson Reutersの勝訴が最終確定」とまで表現するのではなく、控訴審が部分的略式判決を維持したと説明するのが正確です。
編集長の視点——守られたのは「編集という判断」だった
この判決を、AI企業と権利者のどちらが勝ったかという話だけで読むと、大事な点を見落とします。
メディアを編集する立場から読み直すと、裁判所が保護したのは文章そのものだけではなく、編集者が「何を選び、どう整理し、どう表現したか」という判断だったことが見えてきます。
判決文は自由、ヘッドノートは保護——境界線は「編集判断」にある
本件で、ROSSのシステムが最終的に検索対象として扱っていた判決文そのものはパブリックドメインです。
一方、裁判所が著作権保護を認めたヘッドノートは、その判決から「どの法的論点を取り上げるか」「どの程度の抽象度でまとめるか」「どの言葉で簡潔に表現するか」という編集作業を経て作られています。
判決は、競合するLexisが同じ判決から異なるヘッドノートを作成していることにも触れています。同じ一次資料からでも、編集者の選択によって異なる表現が生まれる。その差異に創作性があるという整理です。
これはAIの学習データを考えるうえでも示唆的です。
生の素材と、誰かが選び、分類し、整理し、意味づけたデータ層は同じではありません。
今回の判決は、少なくとも本件のヘッドノートについて、その違いを著作権上明確にしました。
AIクリエイターが警戒すべき「近道」
ROSSは、自由に利用できる判決文から独自の学習データを作成することもできました。
それでもWestlawのヘッドノートを使った背景には、学習用データの整備が容易になるという事情がありました。しかし裁判所は、第1要素の分析で、この「容易さ」を複製の正当化理由として認めませんでした。
この構造は、AIクリエイターにとっても無関係ではありません。
たとえば、ファインチューニングやLoRA用のデータセットを作るとき、元画像だけでなく、他者が作成したキャプション、タグ、分類、評価、整理済みの素材集、プロンプト集などを使う場合があります。
そこには、素材そのものとは別に、誰かの選択・整理・編集判断が含まれている可能性があります。
「画像自体は利用できるか」だけではなく、そのデータセットを誰が作り、どのような権利条件で提供しているのかまで確認することが、今後のデータ管理では重要になるとAIクリエイターズ編集部は考えます。
なお、具体的にどのような整理・キャプション・タグが日本法上著作物として保護されるかはケースによって異なり、今回の米国判決をそのまま当てはめることはできません。
ライセンス市場は自己強化する可能性がある
第4要素をめぐっては、「権利者が後からAI学習用ライセンス市場を主張できるなら、あらゆる無許諾利用について『本来ライセンスできた』と主張できてしまうのではないか」という問題があります。
しかし今回の裁判所は、Thomson Reutersが実際にヘッドノートを自社AIの学習に利用していたことや、市場形成に関する証拠をもとに、AI学習用途の派生市場への影響を認めました。
編集部の見立てでは、この構造は今後のAI市場で重要になります。
AI学習のライセンス契約が積み上がれば積み上がるほど、「AI学習用データには独立した取引市場が存在する」という事実は証明しやすくなります。
これは大規模な出版社や音楽会社だけの問題ではありません。
個人クリエイターにとっても、自分の作品について、鑑賞、引用、二次創作、AI学習、ファインチューニング、生成物への利用などをどう扱うのかを可能な範囲で明確にしておくことは、将来の利用条件を考える出発点になります。
ただし、利用条件を表示することだけで、法律上新しい権利が自動的に生まれるわけではありません。重要なのは、どの利用を許諾し、どの利用について契約や対価を求めるのかを言語化しておくことです。
日本のAIクリエイターはどう読むべきか
日本では、米国のfair useとは異なる制度が採用されています。
著作権法30条の4は、AI学習を含む情報解析など、著作物に表現された思想・感情を享受することを目的としない利用について、一定の範囲で著作物の利用を認めています。
一方で、同条には「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」を除外するただし書があります。
文化庁の「AIと著作権に関する考え方について」では、情報解析用に活用できる形で整理されたデータベースについて、その現在または将来の販売市場と衝突する形でAI学習に利用する場合には、30条の4が適用されない可能性があると整理されています。
これは、今回の米国判決と同じ法理ではありません。
しかし、AI学習用に経済的価値を持つデータを、正規の提供市場を代替する形で利用した場合に、権利者の市場利益が問題になるという点では、比較する価値があります。
日本の企業やAIクリエイターが学習データを扱う場合には、「AI学習だから30条の4で自由に使える」と一律に判断するのではなく、データの性質、取得経路、用途、提供市場、利用条件などを確認する必要があります。
(参照:文化庁|AIと著作権について)
編集長メモ
今回の判決を一言で表すなら、「素材は自由でも、編集まで自由とは限らない」ということだと考えています。
AIの学習データをめぐる議論はこれから、「何を学習したのか」だけではなく、「誰が選び、整理し、価値を付加したデータを使ったのか」という問いへ進んでいく可能性があります。
AIクリエイターに必要なのは、生成技術だけではありません。入力するデータがどこから来たのか、そのデータに誰の仕事が含まれているのかまで把握することも、制作設計の一部になっていくでしょう。
まとめ——AI学習のルールは「AIかどうか」だけでは決まらない
Thomson Reuters対ROSS Intelligence事件で、第3巡回区控訴裁判所はROSSによるWestlawヘッドノートの利用についてフェアユースを認めませんでした。
しかし、この判決は生成AI全般の学習を違法としたものではありません。
本件では、保護された編集著作物を使い、権利者と近い市場で直接競合するサービスを構築したことが大きく評価されました。そのうえで、AI学習用データの派生的なライセンス市場への影響も認められています。
今回見えてきたのは、「AI学習」という言葉だけでは権利関係を整理できないということです。
何を利用したのか。誰が編集したのか。なぜ利用したのか。どの市場と競合するのか。正規のライセンス市場を代替するのか。
AIクリエイティブの実務では、こうした具体的な条件を一つずつ確認することが、これまで以上に重要になっています。
主な参照資料
- U.S. Court of Appeals for the Third Circuit|Thomson Reuters Enterprise Centre GmbH v. ROSS Intelligence Inc., No. 25-2153
- Justia|Thomson Reuters Enterprise Centre GmbH v. ROSS Intelligence Inc.
- LawNext|3rd Circuit Rules For Thomson Reuters In Its Copyright Fight Against Legal Research Startup ROSS
- IPWatchdog|Third Circuit Affirms Revised Fair Use Ruling Against ROSS
- 文化庁|AIと著作権について
